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東京地方裁判所 平成3年(特わ)157号 判決

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、平成三年一月二七日、「一・二七中東反戦労学統一行動」と称する集会に引き続き右集会の参加者らにより行われた集団示威運動に際し、約一〇〇名の学生が、同日午後三時三六分ころから同日午後三時四四分ころまでの間、東京都港区芝公園三丁目一番先の通称芝公園三丁目交差点内から同区芝公園三丁目一番四号中田ビル前に至るまでの道路上において、東京都公安委員会の付した許可条件に違反して蛇行進を行って集団示威運動をした際、終始隊列の先頭列外に位置し、笛を吹きながら、先頭列員が横に構えた竹竿を両手でつかんで引っ張るなどして、右隊列を指揮誘導し、もって右許可条件に違反して行われた集団示威運動を指導した。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

一  弁護人らは、昭和二五年東京都条例第四四号集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(以下、本条例という。)三条一項本文は、東京都公安委員会に集団示威運動等の許可、不許可の権限を付与しているが、その許否の基準が不明確で実質上許可制として機能する余地を多分に残す点で、表現の自由に対する事前抑制として憲法二一条に違反すると主張するが、右条項がそのような理由によって憲法二一条に違反するものでないことは、最高裁判所の判例(最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決・刑集一四巻九号一二四三頁)の示すとおりであるから、右主張は理由がない。

次に、本条例三条一項ただし書三号の「交通秩序維持に関する事項」は、不明確で、公安委員会に必要以上の裁量の余地を残すものであるから、憲法三一条に違反すると主張するが、右文言は犯罪構成要件として不明確でなく、公安委員会に所論のような不当な裁量の余地を残すものとはいえないから、憲法三一条に違反しない。

また、本条例は法律によらないで表現の自由を制約し、かつその刑罰が上位法である道路交通法に比して重いという点で、憲法九四条に違反すると主張するが、条例で表現の自由に関する事項につき規制できないと解すべき理由はないし、本条例の右規定は、道路交通法七七条一項四号とは規制の目的及び対象に一部共通するものがあるにせよ、本条例は集団行進等の特殊性にかんがみて地方公共の安寧と秩序の維持のための規制措置を定めているものとして、道路交通法の規定とはその趣旨、目的を異にしており、道路交通法の右規定を上位法とみることはできない(最高裁判所昭和五〇年九月一〇日大法廷判決・刑集二九巻八号四八九頁の趣旨参照)から、本条例の右規定が憲法九四条に違反するとはいえず、この点の主張も理由がない。

二  弁護人らは、本条例の運用の実態が憲法二一条、三一条に違反するものであるから、そのような運用の一環として行われた本件条件付許可処分は無効であると主張し、公安委員会の許可不許可の権限が警視総監等の警察の機関に委任され、公安委員会は許可条件を付するための明確な基準、条件内容の限定を欠いたまま警察に許可条件の付与の権限を委任していて刑罰法規の白紙委任的運用となっていること、付されている条件内容があいまいで現場の警察官が過度の規制をする余地を残していること、許可申請に先立ち警視庁の担当部署による事前折衝が事実上強制されており、そこでの折衝で折り合いがついて初めて申請用紙が交付され、警察の意向により変更された内容の申請をするしかない運用がされていることなどの点をあげて、本条例の運用が、手続面、内容面から見て著しく取締りの便宜に傾斜し表現の自由を抑制するものとなっていると主張している。

しかし、まず、本件で付されている許可条件の内容は、通常の集団行進に付されているものと同様のものであり、その内容があいまいなものでも不当なものでもないことは、その条件自体から明らかである。更に、証人宇田耕一郎の公判供述によると、本件でも、いわゆる事前折衝が行われ、一部行進経路の変更が勧告されていることが認められるものの、申請者側としては、その変更には不満を抱きながら、そのまま申請しても公安委員会が一部行進経路を変更したうえ許可する結果となることを予測したからこそ、右勧告に応じているものと解されるのであり、本件の事前折衝において公安委員会の方針と異なる警察の意向が強制されているとは認められない。いわゆる事前折衝はあくまでも公安委員会の許可行政に伴う行政指導として、許可に関する公安委員会の方針を事前に示し、無用の紛糾を避け適切な調整を図るために行われるものと解されるから、事前折衝が一般的に行われているからといって、これを違法とすべき理由はない。そして、その勧告内容に不服があるとか、それが公安委員会の方針と異なる警察の意向を強要するもので不当であると考えるならば、それに応ずることなく申請手続をとればよい筋合のものであり、宇田証言を検討しても、本件でそれまでが妨げられていたと解すべき事情は見出せない(仮に申請書の受理自体を不当に拒んだとすれば、そのために無許可のまま行進を行ってもこれを規制できない結果となる以上、事前折衝における勧告に従わない申請であるからといって申請書の受理自体を当局が拒むということはありえないはずである。)。そして、本件申請についての取扱いや内容に照らし、弁護人の主張や宇田証言をつぶさに検討しても、本条例に関する事前折衝を含めた一般的な運用が、公安委員会の方針と異なる警察の意向を事実上強制するような、取締りの便宜に傾斜したものであることを窺うことはできない。したがって、運用上の違憲を理由として本件条件付許可処分の無効を主張する点についても、そもそもその前提を欠き、理由がない。

三  弁護人らは、許可条件違反の罪の刑責を問うには、交通秩序維持に関する条件に違反したというだけではなく、その結果長時間または著しい交通麻痺を生じ、あるいはそのような事態に発展する可能性が具体的であるなど、公共の秩序安寧の保持からみて直接の危険が生ずることが明白である場合でなければならず、その趣旨において本罪は具体的危険犯であるのに、本件ではそのような結果や危険が発生していないから、罪とならないと主張する。しかし、右条件違反の罪につき、弁護人らの主張するように限定的に解しなければならない理由を見出すことはできず、少なくとも本件のような都心での行進である以上は、蛇行進のような条件違反の行為によって、秩序正しい平穏な集団行進に不可避的に随伴する程度を超えた交通の阻害をもたらす危険が予想されるのであって、そのような行為を禁止することによって表現自体は何ら妨げられるのではないから、現実に交通阻害を生じたか否かにかかわらず違反行為がなされたこと自体をもって許可条件違反の罪が成立するものと解するのが相当である(のみならず、証人宮嵜价布の公判供述によると、蛇行進により通行を妨げられた車両が相当数あったことが認められる。)。弁護人らの主張はそもそも独自の見解に基づくもので、採用できない。

更に、弁護人らは、本件行為は、集団行進の目的の正当性、その目的のためにとられた手段、発生した交通阻害の状況が通常の行進による場合に比べ特に差異がないことなどの点にかんがみ、可罰的違法性がないと主張する。しかし、政治的主張、意見の内容いかんにかかわらず、集団行動の自由は等しく保障されるべきであり、その政治的目的の当否により差異があってはならないし、手段が相当でない以上可罰的違法性を欠くとはいえないから、弁護人の右主張も採用できない。

四  弁護人らは、本件公訴は、政治的意図に基づき、起訴すべきでない事案を殊更起訴したものであって、訴追裁量を著しく逸脱した起訴として、公訴を棄却すべきであり、また、犯罪成立に必要な交通阻害の要件の立証を放棄し公訴維持を放棄している点からも公訴を棄却すべきであると主張する。

しかし、訴追裁量権の逸脱が公訴提起を無効ならしめるため公訴を棄却すべき場合とは、公訴の提起自体が、たとえば検察官の職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものであるところ、本件起訴がそのような極限的な場合に当たるものとは到底いえないし、右のとおり有罪立証がなされている以上、検察官が立証を放棄していないことは明らかであるから、弁護人の主張はいずれも前提を欠き、採用できない。

(小出錞一 加藤就一 安東章)

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